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京都地方裁判所 昭和34年(わ)296号 判決 1961年12月20日

被告人 杉本栄造 外七名

主文

被告人杉本を懲役六月に処する。

この判決が確定した日から参年間右刑の執行を猶予する。

押収してある張手札六拾四枚(昭和三十六年押第一四九号の1)、賽ころ七個(同号の2)、賽つぼ壱個(同号の3)、竹札拾九枚(同号の5)、白碁石七拾個(同号の6)、黒碁石四拾弐個(同号の7)、目安札六枚(同号の8)、百円札百六拾枚(同号の12)、張手札百拾五枚(同号の13)、札新品参百八拾七枚(同号の26)は被告人杉本からこれを没収する。

訴訟費用は全部被告人杉本の負担とする。

被告人田辺、同羽賀、同大久保、同山田、同世良、同甲良、同松本はいずれも免訴する。

理由

罪となるべき事実

被告人杉本は、被告人田辺、同羽賀、同大久保、同山田、同世良、同甲良、同松本及び渡辺辨次郎等と共謀の上、昭和三十二年七月二十日午後九時四十五分頃から同日午後十一時二十分頃までの間、京都市上京区鞍馬口通大宮西入ル西若宮南半町百七十二番地被告人世良茂美方階下十二畳間において、被告人羽賀が胴となり、大嶋秀之進外九名の者がそれぞれ張手となり、骰子、骨牌等を使用して金銭を賭し、俗におつちよこまたは賽本引と称する博奕を常習としてしたものである。

(証拠の標目)(略)

確定裁判の存在

被告人杉本は、昭和三十二年十二月五日京都簡易裁判所において、道路交通取締法違反の罪により罰金千円に処せられ、右裁判は同月二十二日確定したものであつて、右事実は同被告人に関する前科調書によつて明らかである。

法令の適用

被告人杉本の判示所為は刑法第六十条、第百八十六条第一項に該当するところ、この罪と前記確定裁判を経た罪とは同法第四十五条後段の併合罪の関係にあるので、同法第五十条に則り、未だ裁判を経ない右常習賭博罪について処断することとし、その所定刑期範囲内において被告人杉本を懲役六月に処し、刑の執行猶予について同法第二十五条第一項を、押収物の没収について同法第十九条を、訴訟費用の負担について刑事訴訟法第百八十一条第一項本文をそれぞれ適用する。

免訴について

一、被告人田辺、同羽賀、同大久保、同山田、同世良、同甲良、同松本に対する本件公訴事実の要旨は、

同被告人等は、被告人杉本及び渡辺辨次郎と共謀の上、昭和三十二年七月二十日午後九時四十五分頃から同日午後十一時二十分頃までの間被告人世良の肩書住居階下十二畳間において、被告人羽賀が胴となり、大嶋之秀進外九名がそれぞれ張手となつて、骰子、骨牌等を使用して金銭を賭し、俗に「おつちよこ」(賽本引)と称する博奕を常習としてした。

というにある。

そして、京都地方裁判所裁判官石原武夫作成の判決と題する書面の謄本その他諸般の証拠によれば、同被告人等は、昭和三十四年三月三十日京都地方裁判所において賭場開張幇助被告事件について無罪の言渡を受け、右判決は上訴期間の経過によつて確定したことが明らかであり、その挙示する公訴事実の要旨は、

同被告人等は、被告人杉本が、渡辺辨次郎と共謀の上、昭和三十二年七月二十日午後九時四十五分頃から同日午後十一時二十分頃までの間被告人世良の肩書住居階下十二畳間に賭博場を開張し、大嶋秀之進外九名に、骰子、骨牌等を使用して金銭を賭し、俗に「おつちよこ」(賽本引ともいう)と称する博奕をさせ、賭者より寺銭名下に金銭を徴収して利を図つた際、その情を知りながら

(一)被告人田辺は、賭金の保管、利得金の計算分配等の所謂代貸の役目をし、

(二)被告人羽賀は、大嶋秀之進外九名が所謂張手となつて金銭を賭するに際し、その相手となつて骰子を振る所謂胴の役目をし、

(三)被告人大久保は、寺銭徴収等の所謂合力の役目をし、

(四)被告人山田、同世良、同甲良、同松本は、賭客に骨牌を配布し、客の所用を足し、または賭場内外の見張等の役目をし、

以ていずれも被告人杉本の前記犯行を容易にしてこれを幇助した。

というにある。

そこで、同被告人等に対する本件公訴事実と前記確定判決を経た事実とを比較し、これを諸般の証拠に照して考察するに、右はいずれも同一の日時及び場所における賭銭博奕に干する事実であることが窺われ、しかも、両者はその日時及び場所において、大嶋秀之進外九名の者が張手となり、被告人羽賀が胴となり、その余の被告人等が代貸、合力、その他の役目を分担し、骰子、骨牌等を使用して、俗に「おつちよこ」(賽本引)と称する賭銭博奕をしたという重要な部分が概ね一致していることが認められる。そしてこの事実を、前者が常習賭博罪の共同正犯とし、後者が賭場開張幇助罪としたのは、単に法的価値乃至証拠価値を評価する上においてその見解を異にするに止まり、両者はその基本的事実干係を同一にするものというべきである。されば同被告人等に対する本件公訴事実は、前記のように既に確定判決を経たものといわなければならない。

検察官はこの点について、同被告人等の所為は賭場開張幇助罪と常習賭博罪とに該当し、右は一所為数法の干係にあるが、前者について無罪の確定判決があつても、その既判力は後者に及ばないという。しかし、同被告人等の所為が、観念上単一の犯罪を構成するか数個の犯罪に該当するかの別はあつても、その所為はそれぞれ一個の行為とみるべきであるから、その行為の評価する犯罪について実体的確定判決が言渡された以上、それが有罪であると無罪であるとを問わず、もはやこれを再び審理の対象とすることは許されないものというべく、検察官引用の判例(大審院大正十四年(れ)第六四九号同年六月二十九日判決、同院昭和八年(れ)第六〇五号同年七月十日判決)はいずれも連続犯または牽連犯として外形上数個の行為が存在する場合に干し、その当否はともかく本件の場合に適切でない。

さようなわけであるから、同被告人等に対しては、刑事訴訟法第三百三十七条第一号を適用して免訴の言渡をする。

二、なお弁護人は、被告人杉本に対する判示認定の事実については、同被告人が、これと同一性を有する賭場開張被告事件について無罪の確定判決を受けたのであるから免訴の言渡をすべきであるという。

ところで、賭場開張の罪は、利益を得る目的で賭博をさせる場所を開設することによつて成立し、進んで、賭博者を招集することを要しないし、現にその場で賭博行為が行われ、または現に利益を収得したことを要しない。また賭博の罪は、二人以上の者が相互に財物を賭し、偶然の勝ち負けによりその得喪を決することによつて成立することはいうまでもない。したがつて、賭博開張の所為と賭銭博奕の所為とは、その犯罪の特別構成要件を異にするは勿論、互に他の犯罪の成立を排斥する干係にあるものでもなく、もし賭場開設者がその場で賭博の所為に出た場合は、それは賭場開張罪とは別個独立の犯罪を構成し、両者は単純併合罪の干係にあるものと解すべきであつて、その基本的事実干係は全く別異のものといわざるを得ない。

しかも、その事実の具体的内容を検するに、前掲証拠によつて明らかなように、被告人杉本が確定判決を経た事実は、これを要すれば、同被告人は賭場を開張し大嶋秀之進等に賭博をさせて利を図つたというに過ぎないのであつて、同被告人が、賭博の所為に出たという事実はそのなかに少しも包含されていない。

されば、以上いずれの観点よりするも、その両者について公訴事実の同一性を認めることはできない。弁護人のいうことを容れなかつた所以である。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 橋本盛三郎)

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